第1章 リトル・グリーン
「雄飛、朝6時だよ。起きて。カーテン開けて、光と水を注いで。」
雄飛は、今朝も6時に、AI変換音声で目覚めた。
声の主は、部屋の角に置いてあるパキラの木である。
「ん?6時か。キラ、おはよう。」
今からおよそ5年前、雄飛が通りかかったある雑貨店の軒先に、目覚まし機能付きの観葉植物として、パキラの木が一鉢、セールに出されていた。
それが、雄飛とパキラの「キラ」との出会いだった。
急激なAI技術と生物科学の進歩により、今では、植物にも一定の感情があり、かつ、植物間で会話をしていることは常識となっており、さらに、植物言語を人間言語にAI変換するアプリも普及している。
キラは、軒先で売られていたとき、通りかかった雄飛が植物を大切にする人間であることを瞬時に感じ取り、付属品のAI翻訳タグから「ぜひ、私をあなたの部屋に置いてほしい」と呼びかけたのだった。
鉢の底からのキラの高さは、約40cm。横から見た枝葉の広がりは、約30cm。
手頃な大きさのパキラの木、リトル・グリーンを気に入った雄飛は、即座に購入し、
自宅に持ち帰り、自室の日当たりの良い角部分に、設置したのだった。
その際、このリトル・グリーンの呼び名を決めることになり、AI翻訳タグが光を反射して輝いていたこと、パキラの木であることなどからを挙げ、リトル・グリーンの気持ちもAI翻訳タグで会話、確認しながら、「キラ」と命名した。
雄飛は、部屋のカーテンを開け、根腐れしない量の水をキラに確認しながら鉢に注いだ。
「ありがとう。いつも私の朝食が先で悪いね。」
「ハイポネックス要る?」
「今朝はまだ要らないよ、ありがとう。明日の朝の水に少量混ぜてくれると嬉しいかな。」
「分かった。じゃ、自分の朝食食べてくるわ。」
雄飛は、自室から出てダイニングに行った。
父母は既に起きていたが、弟の大雅はまだ寝ているようだ。
「今日、大学の授業は2限目からだから、ゆっくり食べて、8時過ぎに家出れば間に合うから。」
雄飛は、小田急線の駅まで自転車で通っているが、自身が通っていた中学校の横を通るたび、自身が水やりをしていた花壇からも挨拶の声が聞こえてくる。
「行ってらっしゃい。暑いから体調に気をつけてね。」
かつて、雄飛がその中学校で水やりをしていた花壇の植物たちも、子孫である花々に雄飛から受けた恩の記憶が引き継がれ、雄飛への感謝の意が示され続けているのだった。植物たちは
恩も恨みも子孫に引き継いでいる。生きている ということは、遺伝子を引き継ぐと同時に感情と生存本能を持つということであり、植物も人間と多くの共通点を有すると分かったのも、つい最近のことである。
公営駐輪場がいっぱいのため、公園のスペースに自転車を置き、大通りを駅まで歩くと、そこは更に街路樹たちと鳥たちの会話で、かまびすしい。
「今日のねぐらもよろしく。」「またね。」
ムクドリの群れがイチョウ並木と相談しながら、餌場へと飛び立っていく。スズメも空いている止まり木を今晩のねぐらにすべく会話している。
既にイヤホンをしてiPHONEで音楽を聞いているため、雄飛は、それらの鳥たちと木々の会話を耳障りと感ずることもなく、改札口に着き、ホームへとエスカレーターで上がっていった。
小田急線、快速急行新宿行は、毎朝のように混んでいる。座れないため、車両中央まで入り込み、吊り革につかまって立つ。
新宿まで約50分は、結構しんどい電車通学だ。
が、最近では雄飛も慣れてきて、車窓の風景を見る余裕も出てきている。
雄飛は、やや遠くの山の緑の稜線をおぼろげに見ていると、その緑地の一点から、一瞬ではあるが、閃光が走るのが見えた。
雄飛は、叫び声を出しそうになったが、堪え、刮目しながら思った。
「何だ、あの光は?亡くなった飼い猫が埋葬されている墓地の方面だったが。」
自身が現在通う大学の総合型選抜試験の一次合格決定がなされた2023年9月29日、家族全員から愛されていた飼い猫、ロシアンブルーの「大介」は、21歳、人間の年齢なら約100歳で大往生した。
その後、小田急線 鶴川駅から北の真光寺町にある、元飼い主と兄猫の「翔太」が先に眠る墓に合葬し、現在、自宅に飼い猫の居ない状態が続いている。
それにしても、愛猫だった大介の墓の方角から、明らかに自分に向かって放たれた閃光だった。
不思議なことに、なぜか閃光が見える同時にメッセージが聞こえた。
「生前はありがとう。あと少しで冥界と会話ができる時代になりそうだよ、雄飛」
墓に埋葬されているはずの猫の大介からのメッセージは、更に不思議なことに、パキラの「キラ」と同じAI変換音声で雄飛の意識に届いた。